祖母が教えてくれたこと
私は三重県鈴鹿市で生まれ育ちました。
西には鈴鹿山脈、東には伊勢湾があり、
山から吹く風と、海から届く潮の匂いを感じながら育ちました。
両親は仕事で家を空けることが多く、
幼い頃の私は、祖母と一緒に過ごす時間がほとんどでした。
祖母は、伊勢型紙に関わる仕事をしていました。

朝になると作業台へ向かい、
細かな模様を一つずつ確かめる。
口数は少なくても、手元にはいつも迷いのない人でした。
祖母はよく、私にこう言っていました。
「人の心は、見えているところだけが全部やないよ」
「言葉の奥にあるものを、ちゃんと感じられる人でおりなさい」
幼い私には、その意味がよくわかりませんでした。
でも、なぜかその言葉だけは、
ずっと胸の奥に残っていました。
初めて「視えた」と感じた日
小学四年生の夏、朝から強い雨が降り、学校は早めに終わりました。

家へ戻ると、祖母の姿がありませんでした。
近くの作業場へ戸締まりを確認しに行ったと聞き、
私は家で待つように言われました。
けれど、しばらくすると、
胸の奥が急に締めつけられるように苦しくなりました。
頭の中に浮かんだのは、
倒れた棚と、動けずにいる祖母の姿でした。
「おばあちゃんが危ない」
理由はわかりません。
ただ、強くそう感じたのです。
雨の中を作業場まで走りました。
扉を開けると、棚が祖母の足元へ倒れ込み、
祖母は一人では動けない状態でした。
私の声を聞いた近所の方が来てくださり、
祖母は大きなけがをせずに済みました。
家へ戻った後、祖母は私に尋ねました。
「どうして、あそこにおるってわかったん」
「わからん。でも、見えたん」
祖母は驚くことも、怖がることもせず、
私の手を握って静かに頷きました。
それが、私が初めて「視えた」と感じた出来事でした。
それから、学校で友達と話していると、
相手が言葉にしていない気持ちまで、
伝わってくるように感じることがありました。
明るく振る舞っている子の奥に、
寂しさのようなものを感じること。
平気な顔をしている子が、
何かを我慢しているように思えること。
最初は、考えすぎているだけだと思っていました。
でも、何度も「どうしてわかったの」と言われるうちに、
自分の中にある感覚を意識するようになりました。
選ぶのは、その人
中学、高校と進むにつれて、
この感覚はさらに強くなっていきました。
教室にいるだけで、いくつもの感情が流れ込んでくる。
学校から帰る頃には身体が重くなり、
何も話せずに布団へ倒れ込む日もありました。
高校二年生の冬、祖母が仕事を辞めようとしていると知りました。
家族には「もう十分やったから」と話していましたが、
祖母と向き合った瞬間、別の思いが伝わってきました。
本当は、まだ続けたいのではないか。
自分の手で作ることを、まだ手放したくないのではないか。
でも、家族に迷惑をかけたくなくて、
その気持ちを言えずにいるように、私には感じられました。
「おばあちゃん、本当は辞めたくないんやろ」
気づけば、そう口にしていました。
祖母はしばらく黙った後、
「あんたには、隠せやんな」と小さく笑いました。
そして、私にこう言いました。
「その感じる力は、怖がらんでええ」
「でも、人の人生を勝手に決めたらあかん。
見えたものを渡して、選ぶのはその人や」
今、鑑定をするうえで大切にしていることは、
この時の祖母の言葉がもとになっています。
鈴鹿へ戻って、気づいたこと
二十歳を過ぎた頃、私は名古屋で働き始めました。
この感覚のことは誰にも話さず、
会社員として生きていこうと決めていました。
けれど、人の多い街での生活は、想像していた以上に苦しいものでした。
朝の駅に立つだけで、
焦りや苛立ち、不安が押し寄せてくる。
職場でも、誰かが言葉を飲み込むたびに、
その気持ちまで自分の中へ入ってくるようでした。
少しずつ眠れなくなり、食事も喉を通らなくなりました。
それでも周りには「大丈夫」と答えていました。
人の苦しさには気づけるのに、
自分自身の苦しさには蓋をしていたのです。
ある朝、どうしても玄関から外へ出られなくなりました。
祖母は、その少し前に亡くなっていました。
玄関の前で動けないまま、私は祖母の言葉を思い出していました。
私は仕事を辞め、鈴鹿へ戻ることにしました。
久しぶりに見た鈴鹿山脈は、
子どもの頃と変わらない姿でそこにありました。

私は白子の海へ向かいました。
伊勢湾から吹く風が頬に触れました。
海を見ながら、私は初めて声に出しました。
「おばあちゃん、私、この力が嫌やった」
人の気持ちが伝わることも、
誰かの苦しさを自分のことのように感じることも、
ずっと重荷だと思っていました。
でも、この感覚があったから、
言葉にできずにいる人へ気づくことができた。
誰にも言えない思いを抱えた人の、
そばにいることができた。
この力は隠すためではなく、
誰かが自分の道を選ぶために使うものなのかもしれない。
その時、初めてそう思えました。
想いを、言葉にすること
鈴鹿へ戻ってしばらくした頃、
知人の女性から相談を受けました。
長く勤めた職場を離れるかどうか、
ずっと悩んでいる方でした。
話を聞くうちに、私には、
二つの気持ちの間で迷っているように感じられました。
新しい仕事に挑戦したいという思いと、
お世話になった人を裏切ることへの怖さです。
私は、感じたことをそのままお伝えしました。
「辞めたいから迷っているのではなく、
進みたい場所があるから迷っているのではないですか」
その方はしばらく黙った後、涙を流されました。
「本当は、自分でもわかっていたのかもしれません」
私は、転職するべきだとも、
今の職場に残るべきだとも言いませんでした。
感じたことをお伝えし、
最後に選ぶのはご本人だとお話ししました。
数か月後、その方から、
新しい仕事を始めたと連絡がありました。
「自分の気持ちを言葉にしてもらえたから、決められました」
その言葉が、私にとって最初の確かな手応えになりました。
そこから少しずつ、ご縁のある方のお話を伺うようになりました。
仕事の岐路に立っている方、
家族との関係に悩んでいる方、
大切な人の気持ちがわからず、不安を抱えている方。
悩みの形は違っても、
心の奥には、ご自身だけの答えがあります。
